キャンベラからかえって来ました

今月末着工予定の物件の契約がてら、キャンベラ観光。
ボスは一日で帰ったものの、私は週末ステイ。

1960年に完成した、オーストラリアの首都。
Walter Burley Griffinの都市計画を実現した人工都市で、大まかに説明すると、人工の湖Burley Griffin湖を中心に、国会議事堂を頂点としたおおきな三角形の公共的なエリア(国会議事堂、国立図書館最高裁判所国立図書館最高裁判所国立美術館などがある)、その外側に住宅地が広がる。大きさは神奈川県ぐらいらしい。

すごく変な気分になる。
もちろん、近代に計画された人工的な都市を経験するのは初めてなので、変な気分になるのは当たり前なのかもしれない。メルボルンもグリッド状の道路網の中にほとんど同じようなフットプリントの建物が並ぶ計画された街だけど、それとは全く違う感覚。
ひとつは多分、街がわりと新しいので、計画がまだ崩れていないということからくる違和感。勝ったばっかりの真っ白い靴を履いた時の、なんか足だけ目立ってしまって居心地悪いなーと思うあの感
じ。

あとはグリフィンの計画(もしくは政府の計画)が、道路網とゾーニングだけではなく、建物の規模や配置、具体的な用途にまで及んでいること。さらにほとんど同じ時期に、一気に建物が建ったために、同じような素材の同じような様式の建物が同じように古びているという景色をうんでいるのだ。樹木の配置もそう。
もう一つ思ったのは、公共建築に関してだけのことだけど、多くの建物が70年代後半から80年代にたてられているからか、色んな素材や形、構成がどれも意味をもっている。象徴的、記号的なのだ。特にパーラメントハウスはその最たるもので、まず「政治家のいる場所の上を市民が歩ける」という「民主主義」の象徴。「池のなかにアボリジニのモザイク画のによる小さな島」をつくることで「島国オーストラリア」を意味したり、「オーストラリアの内陸部からもってきた赤い土」「郊外でよく見られる波板と都市部でよく見られる赤いタイルの両方を屋根材としてつかう」「インテリアの色はユーカリの葉っぱの色」等々。挙げればきりがないほど、意味に満ちている。

ところで、私がステイさせてもらったご夫婦(デイビッドとマーガレット)はかなりのアートコレクターで(デイビッドは元スクールオブアートの学長だったらしい)、キャンベラ滞在中はたくさんのギャラリーやアトリエを巡り、何人かのアーティストの方々、キュレーターの方々と知り合うことができた。アートの抱えている現代的な問題はいろいろあるが、実際に戦ってる人たちが希望をもって制作に励んでいる姿をみて、なんだか励まされた。

オーストラリアに来てから、日本に居た時とは全然違うコミュニティーに触れる機会が多い。特にミュージシャン関係とかアーティスト関係の人たち。東京より人口が少ないからかもしれないし、わたしがふらふらしているからかもしれないし、よくわからないけど、色んな刺激をもらっている。そしていろんなことを話したり企画したりするたびに、やっぱり私は建築が好きなんだなーと、おもう。